KTC GROUP

一度は止まった野球人生、再挑戦しプロの世界へ
おおぞら高校卒業生 大坪 梓恩さん

2026.02.12

KTCグループの創業時から続く教育事業は、現在全国で約20万人の会員・生徒を支える事業へと成長しています。たくさんの卒業生の皆さんもさまざまな場面で活躍しています。今回ご紹介するのはおおぞら高校を卒業後、プロ野球選手になる夢を叶えた大坪 梓恩さん。2025年育成NPBドラフト会議にて、東北楽天ゴールデンイーグルスに育成2位指名されました。大坪さんがプロの選手になるまでと、今後への想いについて話を訊きました。

おおぞら高校との出会い

 高校は最初は全日制の学校に通っていました。その学校では野球部に所属していました。ただ、さまざまな事情で野球を続けることが難しくなりました。野球の能力を評価していただき特待生として入学していたこともあり、野球をやめると決めた際に転校することにしました。当時は焦りもあり、できるだけ早く次の環境を見つけようと転校先を探しました。正直「とりあえず入れる学校」を見つけようと考えていたことを覚えています。
 おおぞら高校には高校2年の初めの頃に転入しました。仲の良い友だち3人と午前中に授業を受けて、午後はみらいの架け橋レッスン®に参加していました。そんな日常が本当に充実していて楽しかったです。おおぞら高校には担任の先生のような存在のマイコーチ®がいます。私にとってマイコーチ®は身近に寄り添ってくれる人でした。

野球と再び向き合うこととなったきっかけ

 高校1年生で野球をやめた時は「もう野球はやらない」と思っていました。その当時は高校野球以外でプレーを続けるという選択肢が自分の中にありませんでした。そのため、卒業後はすぐに就職しようと考えていました。ただ、マイコーチ®から「また野球をしてみたらどう?」と声をかけてもらったことがきっかけで考え方が変わりました。2年次の後半から少しづつ練習を再開しました。野球をやめた時のことを振り返ると「やめたい」よりも「やめざるを得ない」という感覚が強かったのだと思います。

当時お世話になった大橋 慎太郎コーチ(左)と大坪 梓恩さん(右)

プロ野球のトップリーグへ挑戦

 おおぞら高校で野球をもう一度始めたことで、卒業後は野球を専門的に学べる「日本プロスポーツ専門学校(岐阜県瑞浪市)」へ進学しました。卒業後はもっと野球を極めたいという想いから、独立リーグのプロ野球チーム「石川ミリオンスターズ(石川県金沢市)」に入りました。その経験を経てプロ野球のトップリーグへ挑戦することを決め、2025年にプロ野球志望届を提出しました。各球団から調査票が届かなければ、ドラフト会議の場で指名される可能性は低くなるため、調査票が届くまでの期間は不安でした。2025年育成NPBドラフト会議にて、東北楽天ゴールデンイーグルスから育成2位指名された時は、すごく嬉しかったです。

独立リーグのプロ野球チーム「石川ミリオンスターズ」でプレーをする様子

大坪さんにとっておおぞら高校はどのような場所でしたか

 おおぞら高校は自分のやりたいことができる学校です。将来を描けていなくても、夢や目標を探すことができる場所だと思います。マイコーチ®に迷惑をかけたり、学校に行かなかったりした時期もありました。それでも、いろいろな経験をしたことで「大人にならないといけない」と感じ、成長することができました。高校生活で頑張ったことが今につながっていると思います。

おおぞら高校は「なりたい大人になるための学校®。」です。大坪さんは、どんな大人になれたら幸せですか

 プロ野球選手という立場になるので、子どもたちに「大坪選手みたいになりたい」と言ってもらえるような、尊敬される選手になりたいと思っています。

KTCグループは「明日へのバトンを、今。」をパーパススローガンに掲げています。大坪さんはどのようなバトンをつないでいきたいですか

 自分と同じように将来を描けていない生徒や子どもたちがたくさんいると思います。そういう方たちに、まずは何でもいいので“やりたいこと”や“目指したいもの”を見つけてほしいです。本気で目指そうと思えば、誰でも絶対に叶えることができると思います。私自身がそうでした。諦めずに夢に向かってほしいです。

 

 

おおぞら高校の卒業生である大坪さんを取材しました。いろいろな事情から一度は野球をあきらめましたが、マイコーチに背中を押されたことで自身の未来が書き換わったことを教えてくれました。さまざまな葛藤の中で、夢を諦めず挑戦し続けてきた姿が印象的でした。プロ野球選手としてのご活躍も楽しみにしております。

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